青森競輪場は人外魔境だった・・・・・・


まいど、どーも。ありさかです。

青森競輪場すべて森の中である」と言ったのはかの有名な亀井勝一郎先生であったか(大ウソ)。とにかくすっげーキレイなトコなんだよ、これが。設備はピカピカ、地平線まで続く駐車場、そして情緒豊かな津軽弁。いやあ、いいッスねえ。まるで日本じゃないみたいッスよ。・・・・ってねえ冗談じゃないんだな、コレが。ただ単に山の中にあるって程度のシロモノじゃあないのよ。ま、いわば秘境とでもいうべきか。すぐ近くで丸山遺跡も発見されたことだしな。あんな辺鄙なところにバンクを設けようたぁ、やっぱり青森県人はタダものではないな。この辺は高谷や坂本を見ていれば充分納得がいくであろう。しかしそれにしても兄弟選手というのは、どうしてああも兄貴の影が薄いのか?マケンのところもそうだし、一丸兄弟も都築兄弟も・・・。まあ、都築のとこはまた別のふかーい意味で弟の方がインパクト強いんだけど。ね、福井に逃げたK嶋さん。ヤマコウのところはどうなのだろう。あとでヤマコウ博士に聞いてみよう。

ああまた話がそれてゆく・・・・。小さいころから注意力が散漫だとか情緒不安定だとか通知票に書かれていただけのことはあるというものだ。

さて話は青森競輪場に戻る。

とある事情でワシは送迎バスに乗り遅れてしまったため、タクシーでかけつけたのだが、いったいいくらかかったと思います? ゲーセン一枚飛びましたぜ。まーびっくり。日本一アクセスの悪い競輪場というキャッチコピーはダテじゃないぞ。おかげで車券買うにも気合いが入ろうってもんだ。ところがどっこいすっとこどっこい(このネタは先月もやったはずだ。徹夜続きでついにボケが始まったらしい)、なにしろその日は全日本選抜の決勝で、ヘタな抜け目には手が出せないときた。そらそだよな。晴れの舞台でみっともないレースした日にゃ、イナカへ帰れないってヤツは多いだろうし。そもそも競輪ファンというのは記憶力がいいと言おうか執念深いと言おうか、ずいぶん昔のレースまでしつこくしつこく覚えているヤツが多い。以前、確か松戸のダービートライアルの時のことだ。本命視されていた吉岡稔真の番手を回った九州のN選手。みごと千切れて着外に沈んだ。まあ、2着との差が8車身というのだから吉岡の掛かりがバケモンなみだったのだが。それを見ていたワシのとなりのおっさんが、「西川ーっ!(あ、名前バラしちゃった)おまえもう二度と松戸に来んなよっ!」と怒鳴ったのである。繰り返すがこれはダービートライアルというレースが存在していたころの話であって、つまり松戸市内を恐竜が闊歩していたくらい昔の話である。ところがつい先日松戸へ赴いた際、折悪しく配分されていた西川選手に、くだんのヤジが再び飛んだのである。「西川ーっ、テメエもう来んなって言っただろうが!」・・・・おそるべし、競輪ファンの記憶力。まあ、それを覚えているワシもワシだが。ということで話はずいぶんそれてしまったが、特別であまりカッコ悪いレースはできないという選手の心情を考えると、やっぱり予想はどうしても堅めになってしまう。特に最終レースの見所はなんといっても吉岡・神山の両横綱の直接対決だったから、オッズなんてもう彼らのアタマじゃ3ケタがぞろぞろだ。かといって配当に目がくらんでとんでもないスジ違いに手を出すのは競輪マニアに非ず。どんな車券を買ってもいいが、そこには必ず理屈がなければいけない。たとえ誰が認めてくれなくても、自分なりのポリシーを持った車券を買わなくてはいけないのだ。もし後日「なーんでこんなの買ったんだよ。一銭もいらねえじゃん」などとコケにされたとき、口から泡を飛ばして何時間でも語れるくらいの思い入れが必要なのだ。さて、そんな筆者が選んだのが地元・青森の新鋭、高谷雅彦だった。「地元選手は三割増し」というのはほんとうだと思う。たとえ格下でも、そこそこいいレースを見せてくれる。しかも高谷は負けず嫌いだ。負けるとわかっていても突っ走る。なにしろあの兵庫の色男・沢田義和と輪界ナンバーワンいい男の座をかけて戦ってしまうようなナイスガイである。神山・吉岡の両雄を沈めるのはこの男以外にはない。さあ、軸は決まった。あとはヒモだが、いざ追いつめられたときに「今日はイカンばい」と踏むのをやめてしまう吉岡よりも、何かしらジタバタしてくれる神山のほうがカタい。ということで、高谷−神山に決定!・・・・あ、でもウラも持っとこ。神山のアタマで15倍はおいしいもんな。というわけで、ワシの意地汚い車券選びは終わった。

結果からいうと、これが大正解。オモテなら夢の万車券だったが、このさいゼータクは言うまい。この混戦をズバリ2点でゲットしただけでも奇跡のようなものだ。ケイリンの神様、どうもありがとう(この神様はワシの心の中だけにいる)。

帰りのタクシー代の高さを考えればこれくらいの実入りで喜んではいられなかったのだが、なんと、最終レースの発送直前にワシが「青森の師匠」と呼んで敬愛するN.M.氏がその温和なご尊顔に優しい笑みを浮かべてワシの肩を叩いてくださるではないか。やった、これで帰りのアシ(宿泊地の弘前市内まで)は確保したぞーっ!・・・・ってしかし、どうしてあの大混雑の青森競輪場でワシの居場所が一発でわかったのかなあ。確かに「行く」とは言ってたけどさ。カンのいい人だなあ。でもそのカンは最終レースでは裏目ってたけど。師匠は高谷ファンなので、お会いした時には6枠(高谷は9番車)アタマの車券を大切そうに持っていらっしゃった。

「来たらデカイですよー。このレースはいただきましたねえ」 などとにこやかにさりげなく、しかも謙虚な口調でずうずうしいことを言うヒトだ。 まあ、本来ならウラを持っていたワシの買い方が邪道なのだ。普通に考えりゃ、高谷が勝つ=神山・吉岡(その他の逃げ屋)が飛ぶ、ということなのだから。なーんちゃって、実はワシが隠れ神山ファンだからウラ買ったんだけどね。ああ、でもここでバラしてしまったらもう隠れファンじゃないな。潔くカミングアウトしよう。ついでにハンドルも「かみやま雄」に変えたりして。ということで青森の戦績は、1/1。つまり勝率100パーセントだった。まいったか、青森。とイバれた義理ではないのだが。なにしろ一点勝負になってしまった理由というのがバカくさい。往路の長距離バスに乗る直前、サイフを落としたのだ。そのサイフは すぐ発見されたのだが、取りに戻っていたのではバスに間に合わなくなる。間に合わないと全日本選抜が見られない。そこでワシは青森に到着したあとで悪友の同業者に電話ごしに土下座して郵便為替で送金してもらったのだ。それを待っていたもんだから、最終1時30分発の送迎バスになんか間に合うはずないんだよなあ。しかも青森の中央郵便局って、名前のとおり中央にあるわけだし。だからアクセスの悪い競輪場なんてキライさっ!

次回更新予定は「鳴門秘帖・小松島の乱・これぞ都築一太之丞」の巻だっ!(わかる人にしかわからんギャグですまん)作者が個人的に贔屓している東京の兄弟選手都築一太・章二の兄の方(平成9年7月当時A3)が、本拠地を遠く離れた四国の小松島記念で激走する様子をレポートしちゃうぞ!

ついでにS級も見てくるか(・・・・ってそっちのほうがメインだろ)。

函館

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